豊田市地域においては、全国的に見ても画期的な「環境に配慮した交通まちづくり」計画が策定され、その実現に向けて産官学「共働」によるまちづくりが推進されています。同じ豊田市地域に活動の拠点を置きます私ども大学、NPOといたしましても、地域における活動の一助にならんと常日頃より地道な活動を続けています。
こうした豊田市地域を巡る社会貢献活動の一環として、私ども大学とNPOでは、昨年度より共同して市民の声を聞き、それを豊田市の将来のために役立てることを目的に、"豊田市まちづくり懸賞エッセイ"を企画・実施いたしました。2回目となる『豊田市まちづくり懸賞エッセイ2008』には、320通を超すご応募を頂くことができました。これもひとえに、後援団体を始め、学校関係者ならびに地元関係者の皆様方のご協力の賜物と心より感謝いたしております。
今般、ご応募頂いた全作品を厳正に審査し、その中から優秀な作品を表彰させて頂く運びとなりました。入賞した作品は、いずれも、さらに愛される豊田市のまちづくり、への願いが込められた、すばらしい内容です。とりわけ、今年度は「洞爺湖サミット」の開催に代表されますように「環境問題」に対する声が多数寄せられました。こうした数多くのご意見を「市民の声」としてとりまとめ、豊田市地域の発展のために活かしていただくよう関係方面に働きかけて参る所存です。
今回の「豊田市まちづくり懸賞エッセイ」の取組みが、まちづくりに対する市民の参画意識を高め、私たち自らの手による、さらに愛される豊田市のまちづくり、を進める活動の一助となることが出来れば、主催者としては望外の喜びであります。
最後に、この場をお借りして、今回の企画にご賛同賜り、ご後援いただきました、豊田市、豊田商工会議所、(財)豊田都市交通研究所、トヨタ自動車(株)、豊田信用金庫、中日新聞社、中部経済新聞社ならびに関係者の皆様に、心より御礼申し上げる次第です。
審査員名簿
(敬称略)
● 審査員長
山崎 丈夫 愛知学泉大学 コミュニティ政策学部 教授
● 審査副員長
河野 安宣 NPO法人 ITSプラットフォーム21 理事長
● 審査員(50音順)
安藤 良輔 財団法人 豊田都市交通研究所 研究部長
伊豆原 浩二 NPO法人 ITSプラットフォーム21理事
名古屋産業大学 教授・大学院 教授
伊藤 雅春 愛知学泉大学 コミュニティ政策学部 教授
小島 文毅 NPO法人ITSプラットフォーム21専務理事
愛知工業大学 客員教授
佐藤 八十朗 NPO法人 ITSプラットフォーム21理事
財団法人 豊田市文化振興財団豊田市生涯学習センター
保見交流館館長 (元豊田市都市整備部長)
庄村 勇人 愛知学泉大学 コミュニティ政策学部 専任講師
谷口 功 愛知学泉大学 コミュニティ政策学部 専任講師
橋本 成仁 財団法人 豊田都市交通研究所 主席研究員
村林 聖子 愛知学泉大学 コミュニティ政策学部 准教授
企画・運営事務局名簿
● 企画・運営事務局
明瀬 政治 愛知学泉大学 コミュニティ政策学部 学部長・教授
三村 聡 愛知学泉大学 コミュニティ政策学部 准教授(審査員兼任)
佐藤 公裕 NPO法人 ITSプラットフォーム21(広報担当)
鈴木 祐子 愛知学泉大学 コミュニティ政策研究所
林 直子 愛知学泉大学(ホームページ担当)
柳 弥生 学校法人安城学園 本部(広報担当)
受賞者一覧
| 1.私の好きな風景・自然環境 |
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| 中学生の部 |
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| 掲載貢 |
| 最優秀賞 | あいさつのある道 | 豊田市立逢妻中学校3年 | 福岡 千春 | 1 |
| 優秀賞 | 私の眺めたいろんな風景 | 豊田市立藤岡中学校3年 | 長續 完奈 | 1 |
| 佳作 | 大切にしたい空の表情 | 豊田市立末野原中学校2年 | 山口瑞葵 | 1 |
| 佳作 | 豊かな暮らしをするために | 豊田市立逢妻中学校3年 | 太田 裕二 | 1 |
| 佳作 | 桜の道 | 豊田市立逢妻中学校3年 | 柳川 翔大 | 2 |
| 高校生の部 |
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| 最優秀賞 | 家路をたどるペダル | 愛知県立豊田南高等学校2年 | 杉山 祥子 | 2 |
| 優秀賞 | 野見展望台からの夜景 | 愛知県立衣台高等学校3年 | 中村 依菜 | 2 |
| 佳作 | 通学路に咲く花 | 愛知県立衣台高等学校3年 | 宮武 夏子 | 2 |
| 一般の部 |
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| 最優秀賞 | 松平郷−歴史ある風景 | 平芝町 | 吉井 敏勝 | 3 |
| 優秀賞 | とよた"哲学の道 | 三軒町 | 大嶋 和津子 | 3 |
| 佳作 | 力強い車の波 | 愛知学泉大学1年 | 内村 有希 | 3 |
| 佳作 | 愛環から眺める風景 |
| 三浦 朗 | 4 |
| 佳作 | 私たちが守りたい自然環境 | 栄生町 | 武藤 智佳子 | 4 |
| 特別賞 | 「たんころりん」と香嵐渓 |
| 井上 幸宏 | 4 |
| 2.私の考える未来の交通 |
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| 中学生の部 |
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| 掲載貢 |
| 最優秀賞 | 自転車道を整備して | 豊田市立猿投台中学校 | 小高 佳奈恵 | 5 |
| 優秀賞 | 地球温暖化を防ぐ乗物を利用して | 豊田市立逢妻中学校2年 | 大澤 寛城 | 5 |
| 佳作 | とよたの車の技術力 | 豊田市立逢妻中学校2年 | 渡辺 拓也 | 6 |
| 佳作 | ロボット利用による車の安全 | 豊田市立逢妻中学校2年 | 榊原 英公 | 6 |
| 一般の部 |
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| 最優秀賞 | 地下トンネル道路の提案 | 美里 | 結城 清 | 6 |
| 優秀賞 | 自転車が似合う環境都市 | 青木町 | 小高 孝ニ | 6 |
| 佳作 | 生き物みんなの道づくり | 市木町 | 長谷川 知子 | 7 |
| 佳作 | クルマの街からの発信 | 田中町 | 永井 千鶴子 | 7 |
佳作 | 私が考える、妊婦、乳児、高齢者、 障害者にやさしいまちづくり |
| 岡谷 恵 | 7 |
| 3.私の考える理想のまち |
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| 中学生の部 |
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| 掲載頁 |
| 最優秀賞 | 私の通学路 | 豊田市立逢妻中学校3年 | 鈴木 悠花 | 8 |
| 優秀賞 | ポイ捨てをやめよう | 豊田市立末野原学校1年 | 田上 拓実 | 8 |
| 佳作 | 地球となかよし とよた | 豊田市立藤岡中学校3年 | 松元 由希 | 8 |
| 佳作 | 宮口町のよさ | 豊田市立逢妻中学校2年 | 福岡 荘志 | 8 |
| 高校生の部 |
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| 最優秀賞 | 自転車が似合うまちづくり | 愛知県立衣台高等学校3年 | 武田 綾乃 | 9 |
| 一般の部 |
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| 最優秀賞 | "念仏講"について | 富岡町 | 成瀬 征代 | 9 |
| 優秀賞 | 皆、 もっと街(ストリート)に出よう! | 小坂本町 | 吉武 哲 | 9 |
| 佳作 | ほたる こい | 宮口町 | 宇野 浩子 | 10 |
| 佳作 | コミュニケーションを大切に | 愛知学泉大学1年 | 竹内 慎弥 | 10 |
| 佳作 | 思いやりのあるまちへ | 愛知学泉大学2年 | 大山 高志 | 10 |
| 4.私のお気に入りのお店や商品・働く人 |
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| 中学生の部 |
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| 掲載貢 |
| 最優秀賞 | 安全な登下校の理由 | 豊田市立逢妻中学校2年 | 金子 末樹 | 11 |
| 一般の部 |
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| 最優秀賞 | ぱん屋こっぺ | 御幸本町 | 山中 敬子 | 11 |
| 優秀賞 | かえるところ | 大坂町(九州大学1年) | 佐野 祥子 | 11 |
| 佳作 | 珈琲所コメダ | 水源町 | 安藤 悠 | 12 |
| 5.私のボランティア・NPO体験 |
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| 中学生の部 |
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| 掲載貢 |
| 最優秀賞 | 笑顔の大切さ | 豊田市立逢妻中学校3年 | 杉浦 那実 | 12 |
| 一般の部 |
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| 佳作 | 地域と共に生きる | 伊保町 | 杉山 恵美 | 12 |
| 佳作 | ボランティア活動を通して | 浄水町 | 森田 忠史 | 13 |
| 佳作 | ボランティアから学んだ理想のまち | 愛知学泉大学2年 | 佐野 雅弘 | 13 |
| 佳作 | つづけてゆく | 愛知学泉大学1年 | 篠田 彰人 | 13 |
受賞作品
ジャンル:私の好きな風景・自然環境
『中学生の部』
最優秀賞 「あいさつのある道」 豊田市立逢妻中学校3年 福岡 千春
私は、通学路である学校までの一本道の風景が好きです。
ただ田んぼが両側にあるだけで、遠くのマンションや道路がまるごと見えるあの道がなんとなく安心するか
ら。夏は日陰が全く無いからとても暑い。冬は寒さをこらえて歩く。でも、一本道だからこそ、今どこまで歩いたかとか、あとどのくらいかとかすぐにわかる。
朝の部活に行く途中、向かいから夫婦が歩いてくる。「おはよう」と声をかけられ「おはようございます。」
とこたえることや、歩いていてふと横を見ると畑をいじっているおばあさんがいつもいる。帰り道では、違
う畑でおじいさんが何かやっている。いつもこの一本道には誰かがいてくれる。犬の散歩をする人、走って
いる人、色々なことをやっている人がいる。
私は、いつまでもこの一本道があってほしい。名前は知らないけど、知っている人がいる道がいつまでも。
優秀賞 「私の眺めたいろんな風景」 豊田市立藤岡中学校3年 長續 完奈
「緑が豊か」それが私のみてきた景色で一番すきです。
私の家の周りは建物が少なく、お店なんて少し車を出さないとありません。なぜ緑しかない田舎を印象づけるところが好きかというと、それは季節ごとに変わる風景です。
春は桃色、夏は緑、秋はオレンジ、茶色、冬は白色に変化する銀世界がとても好きです。
しかし、修学旅行で東京に行った時、最初は東京を見ただけで舞い上がっていました。ビルが多くて、一
流が集まる東京。でも三日行った東京に少しずつ違和感を覚えました。夜空を見ても星は見えず、山どころか緑が少ない。東京はマイナス点だけではないけど、私にとって合わない空間だと。
家に帰宅した時、安心を覚えました。やっぱり私にはここが一番ピッタリだと感じました。
なにもない所だけど、一日疲れても体をリラックスできる風景が私にとって好きといえる場所だと感じまし
た。
佳作 「大切にしたい空の表情」 豊田市立末野原中学校2年 山口 瑞葵
私の好きな風景は空です。
空には、色んな表情があります。晴れの日には笑っていて、雨の日には泣いている。雷の時は空が怒って
いて夕日の時は空が照れていると私はいつも思っています。
空は、どこまでも、どこまでも広がっていて、とてもおだやかな感じがします。私は、昼の空も好きだけ
ど、夜の空も好きです。夜の空には、昼の空にはみえない星がたくさんみえます。その星の中から星座をみつけるのも、夜の空の楽しみ方のうちのひとつだと思います。
私はこれからも、この空をずぅ〜っとこのまま大切にしていきたいです。
佳作 「豊かな暮らしをするために」 豊田市立逢妻中学校3年 太田 裕二
僕が住んでいる豊田市は、自動車などの機械工業が多い。特に自動車は、全国一位の生産量です。そのた
め豊田にはたくさんの自動車が通ります。自動車は排気ガスを出すなど他にたくさんの課題があります。そのため地球温暖化が進みます。温暖化が進むと人間は暮らしてはいけなくなると思います。
でも、自動車はたくさんの人を乗せて、走ることができます。さらに自動車は遠いところまで走ることができます。豊かな暮らしをおくるためには、まず、人々が車を使わず移動時には、電車かバスを使えばいいと思います。もう一つは、未来に向けて新しい電気自動車の普及、ガソリンで排気ガスを出さない車などを作ればこの問題は解決すると思います。
しかし、それでもまだたくさんの環境問題があります。それを全力で解決しなければならないと思います。
佳作 「桜の道」 豊田市立逢妻中学校3年 柳川 翔大
春、私の家の近くの豊田高専、貞宝工場に咲く桜が私の好きな風景です。
どちらの桜も通る人々をまるでトンネルのように迎えてくれます。豊田高専の桜は道路の両側に桜の木が
あり満開になると桃色のトンネルと散った花びらで桃色の道をつくってくれます。貞宝工場の桜は坂の上から下まですきまなく桜の木が立っていて、満開になるとそこを通る車を別の世界に連れて行きます。
私は家が近いので春に何度もその場所を訪れますが、何回見てもその桜の色で自分の心まで桜色になり、
夜その道を通っても貞宝工場のかすかな光でライトアップされた桜が鮮明に見えます。
私は最初その場所を見つけたとき、とても良い場所を見つけて自分はとても幸せだと思いました。
みなさんもぜひ通ってみてください。
『高校生の部』
最優秀賞 「家路をたどるペダル」 愛知県立豊田南高等学校2年 杉山 祥子
私の好きな風景は、具体的な場所ではありません。学校帰り、塾帰り、買い物帰り・・・・
どこからでもかまいません。外出をして、自転車で家に帰る夕方。静かな住宅街のあちらこちらからほのかに香る夕食の匂い。時々漏れて聞こえてくる談笑、テレビの音。玄関の灯りに照らされた三輪車。
ふと見上げた空は薄い青から紺にうつっていく途中で、白く、赤く、金色に発光する雲が、長く伸びる。
そんな空を美しいと思い、家路をたどるペダルを今までより強くこぐ。
その一瞬が、私の好きな風景です。
優秀賞 「野見展望台からの夜景」 愛知県立衣台高等学校3年 中村 依菜
私の好きな風景は、野見展望台から見る夜景だ。
展望台まで上がる坂道も、車を止める駐車場も、とても大好きである。初めて来た時は昼間で豊田市駅や、街がとてもキレイに見えた。そして、ここに夜来たらどんなにキレイだろうかと想像した。
夜21時頃、彼の車でついウトウトしてしまった私。彼がいつもよりやけに遠回りしているなと思いながら、熟睡してしまった。「着いたよ、起きろって!」そんな彼の声で私は目をうたがった。目の前にはいつもと違う、ライトにつつまれた、たくさんの豊田市だった。サプライズをしてくれた彼と、このキレイな夜景に涙が止まらなかった。
私がこの展望台のように、豊田の街中を見渡せる、こんなにもいい場所があるとは今まで知らなかった。自然に恵まれ、キレイなこの場所を、人の手で壊してほしくない。
毎年季節が変わるごとに、また彼と一緒にきたいと思う。
佳作 「通学路に咲く花」 愛知県立衣台高等学校3年 宮武 夏子
学校に行く途中の道の脇。
春、そこには沢山の様々な花が咲きます。衣台高校から桜花学園に向かう途中です。秋になれば、その道のガードレールの奥でコスモスが咲き誇ります。それはとても綺麗で、ずっと眺めていたい気分です。
そこの花々は、きっと毎年咲いていたのでしょうが、私が気付いたのは昨年の秋でした。咲き乱れるコスモスに、私は目を奪われました。立ち止まって見たかったのですが、バスの時間に間に合わないということで、私は足を速めました。そのコスモスはしばらくすると枯れてしまいました。
今年の春、ガードレールの脇にいろいろな花が咲いているのを見つけました。花の種類まではわかりませんでしたが、綺麗だなあと思い、立ち止まって見入りました。
春と秋、二回も花壇と化す通学路。現在は何もありませんが、きっと秋にはまた綺麗なコスモスを見せてくれることでしょう。
『一般の部』
最優秀賞 「松平郷−歴史ある風景」 平芝町 吉井 敏勝
豊田?どんなところ? 海外でよく問われる。質問者には、トヨタ、トヨダ、豊田が混在する。「スイスのような・・・」と答える。
Toyota is the most comfortable city to live in, if you are a car.(豊田市は住み心地満点である。もし、あなたが自動車なら)。欧米で通じるジョークであろう。
観光地京都のように、道をたどれば神社・仏閣の宗教色は強くはないが、古代から現代の事物を身近に提供し、近・現代産業の様々な活躍を示し、市の大部を占める自然領域の大きさと自然活用の営みは、まさに「日本のスイス」である。
太陽が昇り始め、豊田大橋を出発する。矢作川の静かな流れ。ターバンを巻いた豊田スタジアムを過ぎると、菜の花畑の黄の一面の鮮やかさ。
町並みを離れ、東へ山あいの松平郷を目指す。車走30分、標識案内で幅狭の道を進めば、明神鳥居の東照宮の葵紋の幕と軒丸瓦。鶯の声が静寂を突く。市内温度より2度低い。
さらに方向を転じて歩けば、徳川始祖「松平親氏」の大きな立像。背後の茂みから闊歩して出たばかりのようで、六百年前の姿が眼前に。
彼のこの地への遊行がなければ、徳川家も江戸も徳川幕府もなく、鎖国と幕末と明治維新も存在しなかった。
松平家菩提寺の高月院へと歩く。古寂の山門へのみちを掃く人が静かな動きを添える。早朝の、好きな風景がそこにある。
優秀賞 「とよた"哲学の道"」 三軒町 大嶋 和津子
豊田市障がい者総合福祉会館の入り口から中に入ると、車道が真ん中にあり、その両側特に左側を「哲学の道」と命名されている。距離は短く川もないが、趣のある小径と生け垣、並列するくすの木が繁り、確かに京都銀閣寺の哲学の道を想起させる。誰が名付けたか分からないが、と聞いた瞬間、ウマイ!と思った。この哲学の道と施設内芝生広場、そして少し足を延ばし施設から歩いて5分位の所にある西山公園(緑化センター)の空間は、施設利用者の散歩コースとなっている。哲学の道のすぐ横にある芝生広場は、約27.2uの青々とした芝生に藤棚があり、そこに館長手作りの重厚なベンチが設置され皆んな愛用している。
西山公園はチューリップ、薔薇、菖蒲、紫陽花・・・と春から新緑の頃が一番美しい。特に公園にある桜と重なって、一本道を挟んで眼下に観える施設脇の桜は見事である。わざわざTVや雑誌から情報を得なくてもこんなにも身近に春を愛でる環境があることに感動した。
この公園の芝生の木の下にある石のイスに座って目を閉じると、草木の匂い、風の色、大気の静かなゴーという声が向こうの森から木霊(こだま)して山々に神が宿る。との言葉が響いてくる。
暫しの喧騒から離れ、利用者と共に幸せな時間に乾杯。
佳作 「力強い車の波」 愛知学泉大学1年 内村 有希
私は自分の家のベランダから見える風景が好きです。
トヨタ自動車の元町工場が左手に見え、朝・夕はヘリコプターの離発着の様子も見ることができます。そして、けたたましい音と共に「今日もどこかの工場に飛んでいくのかな。」とボーっとそれをながめている自分がいるのです。
右手には76号線が通っており、すぐそばには東名高速道路へのインターがあるので、その交通量といったら「一体どこからこんなに湧いてでてくるのだろう。」と思うほどの車の波が押し寄せてくるのです。
しかしこの力強い車の波を見ていると世界に誇る車の生産地として有名な豊田の町に自分は暮らしているんだなという、妙に嬉しさや自慢気な気持ちになってくるのです。そしてこれからはエコ活動にも力をいれていって貰いたいです。
我が家もいつかはハイブリットカーに変える日がやってくるのでしょうか?
佳作 「愛環から眺める風景」 三浦 朗
「行ってきます!」と言うのももどかしく、高校生だった私は毎日自転車に飛び乗って走っていた。私は毎日三河豊田駅から電車に乗って高校に通っていた。現在は愛知環状鉄道線となり、20分に1本の列車が行き交う重要な路線であるが、当時は国鉄岡多線の時代。1時間に1本の電車がのんびり走るローカル線だった。毎朝乗る電車では、顔なじみの高校生やサラリーマン。顔を見ないとどうしたのかな、と思うほどで、実際に電車の中で知り合って言葉を交わすようになった人もいた。
私は電車の中では勉強したり、同級生とたわいないおしゃべりをしたりして過ごしていたが、沿線の風景を眺めるのも好きだった。電車は高架を走るので周りがよく見渡せる。遠くの山が冬の枯れた色から、若葉が萌え出てくる様子。夏の日差しを受けて光る川面や、五色に色づく木々。特に私が好きだったのは、青々とした田の稲が風に吹かれる様子だった。学校帰りの私は窓を開け放ってそうした風景を眺め、来る夏に思いをはせたものだ。
時は流れ、私が愛環線に乗ることも少なくなったが、時々出張などで利用する。走る電車は変わり、沿線に新たな建物は増え、乗客も格段に増えたが、遠くに見える山並みや緑の田畑は変わらない。そして笑顔で電車に揺られる人の心も。
私は美しい故郷の街を走りつづける電車とそこから眺める風景が今も大好きだ。
佳作 「私たちが守りたい自然環境」 栄生町 武藤 智佳子
私は早起きである。なんとなく得した気分になるからだ。そんな朝は結構珍しい鳥たちに会える。私の住む栄生町は調整区域という事もあり僅かではあるが、木や林が残っている。近くには西山公園もあり、豊田高等専門学校もあり、学生がのんびり出来る環境でもある。そういった僅かな木や林に鳥達が身を寄せる。ヒヨドリ、メジロはもちろん私が一番気にかけ御贔屓にしている鳥がいる。それは、雉である(以下キジと記す)。そう、野生のキジが生息しているのである。朝早く、静かな闇の中でひとしきり大きな鳴き声を響かせる。
「ケーンケーン」私にはそう聞こえるのだが、違っていたらごめんなさい。キジはとっても利口で敏感な鳥であるから、めったに姿を現さない。すうーっと道路に姿を現したかと思うと、足速に道を横切る。人に見られまいとし、そして少しずつ失われていく自然はもちろんのこと、キジの住処を奪っていると言う事は否めない。朝早く出会ったキジは失われていく自然を嘆くかのように、声高に鳴き叫ぶ。
昨今、この辺りは調整区域にも関わらず、たくさんの家や建築物が建てられている。私はこの町に35年余り住んでいるが幼少の頃と比べると、明らかに自然が減って来ている。無論心配なのは、いずれキジの生態も崩れ、彼らはここで生きていかれなくなるであろう。キジが人の前に姿を現す事はもしかすると体を張って危機を示しているのかもしれない。これ以上先に来ないで!もうこれ以上、僕たちを苦しめないで!と。この危機に私は黙って居られなくなり、乱文ではありますが筆をとりました。皆さんに是非知って欲しい。栄生町をキジの鳴かない町にしないで欲しい。
この町に関わらず、少しでも残せる自然は残すべき時代なのではないでしょうか?人々は目先の開発だけに目を奪われるのでなく、今までの乱開発を省み、反省すべきである。ここで一度立ち止まってみませんか?私たちは、残せる自然は残し、そして今度はこの手で自然を育てて行くべきである。鳥と共存しましょう。朝早く起きて鳥の声を聞ける町はさわやかで、素敵ですよ。
私の好きな風景は鳥が居る自然がある町なのです。
特別賞 「『たんころりん』と香嵐渓」 井上 幸宏
私は足助の町並みと香嵐渓が大好きです。四季折々に色々な催し物があり、町中を散歩するたびに新しい発見と懐かしい風景に出会えるからです。春3月「中馬のお雛さん」が始まると、町中のお店と各家庭では昔ながらの土雛などを玄関先に展示して観光客にお披露目しており、中には江戸時代のお雛さんもあり足助町の歴史の長さに感動します。
盛夏8月、お盆の前後に行われる「たんころりん」は町の通りに竹ひごで編んだ筒に和紙を被せて、中からぼんやりとした灯りをともし町中をスローな時間が包み込みます。まさにエコの原点といった感じです。秋10月「足助祭り」当日は若い衆たちが先輩たちの見守る中、早朝から屋台の組み立てに精を出します。足助の町が一番の賑わいを見せる時というか町がひとつになる瞬間でもある。鉄砲隊も街を練り歩き、あちこちの発砲場所で一日中地響きを轟かせているので見ごたえもありますよ。
さていよいよ晩秋、木々たちが冬支度に入る頃、足助の町のメインイベントの登場、「香嵐渓の紅葉」が見ごろを迎えます。日没とともに香嵐渓がライトアップされると飯盛山や足助川の水面が徐々に真っ赤に染まり実に幻想的な世界が広がっていきます。
皆さんもぜひ一度お出掛けして見ては如何でしょうか。
*井上さまの作品は、見事な写真に対して「特別賞」が授与されることに決定しました。
ジャンル:私の考える未来の交通
『中学生の部』
最優秀賞 「自転車道を整備して」 豊田市立猿投台中学校 小高 佳奈恵
「自転車に乗るのいやだな。」とよくみんなが話しています。というのは最近「自転車の事故」という言葉をよく耳にするからです。私もよく自転車を使用します。しかし、時々自転車どおしがぶつかりそうになります。そのため、もっと安全に利用する方法はないかと考えました。
私の考える「自転車の利用」は、車と同じように「自転車専用の道路をつくる」ということです。人通りの多い道は特に危険です。そのため自転車だけの道を作れば、人や車とぶつかったりする事も少なくなると思います。自転車を使用する私たちも、安心して利用できると思います。
少しでも事故が減ることを願っています。
子供から大人まで安心して使える道になればいいと思います。
優秀賞 「地球温暖化を防ぐ乗物を利用して」 豊田市立逢妻中学校2年 大澤 寛城
今、人が沢山住んでいる所では車やバイクが利用されています。
それで地球の温暖化が問われています。それをふせぐためにみんながエコカーやバス電車などを使って、ガスをあまり出さないようにしていくように呼びかけをしています。
地方はどうでしょうか。私の住んでいる町には、電車がなくバスも少ししかありません。なのでみんなは、自転車を使用しています。バスが少なく、運賃も高くて、たくさん利用することができません。また、市町村合併をしたことで、市営バスの運行など色々と試行されていますが、私の地区では本格的には、今のところ試行は行われていません。
私たちは分かっていない問題が沢山あるのは知っていても、バスの運賃を安くするだけでも利用したくなるのに、と思っている人は大勢いると思います。
もっと地球に優しい事を実行したいです。
佳作 「とよたの車の技術力」 豊田市立逢妻中学校2年 渡辺 拓也
最近話題になっている地球温暖化現象が車の排気ガスなどによって進んでいます。僕の住む豊田市は、車の技術がとても発達していて、車の利用が多いです。それは、とよたのまちが、とくに車の技術が発達しているため車の利用も多く、ガスの排出量も多いためです。
最近では、ガスの排出量の少ない車などもでてきてはいますが、その車を利用しているのも、ほんのわずかの人だけです。数人の人が、ガスの排出量を減らしただけではそこまで変わりません。だから、僕はガスの排出量が少ない車をたくさん出していくようにするといいと思います。
つまり、とよたのまちは車の技術力がすごいので、ガスの排出量の少ない車を多くつくって、まずは豊田市から車のガスの排出量をへらしていきたいと思います。
そうしてこの取組みが、全国にも広まっていくようになるといいと思います。
佳作 「ロボット利用による車の安全」 豊田市立逢妻中学校2年 榊原 英公
僕は今豊田市に住んでいます。豊田市は交通事故がとくに多いといわれています。そうした所に住んでいるため、日頃から親や、学校の先生に「車に気を付けてなさい」と言われてきています。しかし、人である限りいつも気を付けて行動するなんてことは、不可能だと思います。このままだといつまでたっても交通事故は減らないと思います。
したがって、僕は、アニメのドラえもんじゃないけれど、車が本当に自動で動いて、今のナビみたいに指定した場所まで勝手に動いてくれるような車や、運転専用のロボットが行きたい所をプログラムして、そしてロボットが運転する機械ができたらいいなと思います。
あくまでも夢だけれど、本当にこのような機械が出来たら、お年寄りとかにも簡単に使用できて事故が減るなと思います。
『一般の部』
最優秀賞 「地下トンネル道路の提案」 美里 結城 清
都中心部の道路面積を増加せずに都心を通過する自動車の数を減らし、地上の居住空間を確保して「魅力的な都心」、「楽しく歩き回れる市街地」を確保する為に、私は、地下トンネルを活用した豊田市環状道路の建設を提案したい。
関門トンネルやユーロトンネルを建設した日本の技術を利用すれば建設可能であり、世界初の豊田市らしいユニークな道路環境を構築できる。地下トンネル道路には、市内周辺の山間地域へアクセスできる東西南北の貫通道路と二重環状道路の地下トンネルを有機的・機能的に連結した地下トンネル道路を建設する。
@ 世界初・未来型の市内地下トンネル道路
A 貴重な地上をこれ以上占有しない都市環境配慮
B 交差点や信号の無い渋滞解消による省エネ促進・騒音解消・交通事故の低減
C 道路用地確保や既存建物移設が不要
などがあげられる。
デメリットとしてはトンネル工事費の高さがあげられるが、地上の土地の有効利用でかなり相殺でき、未来都市交通システムの先進的取組みとして国や県の建設予算補助を引き出すことで市の建設費負担を軽減できよう。
優秀賞 「自転車が似合う環境都市」 青木町 小高 孝ニ
私は日頃、会社への通勤に車を運転しています。
昨年まで3年ほど中国に出向しており、久しぶりの日本の道路環境で安心して運転しています。中国では、車が急激に普及していますが、通勤や通学時には自転車を使っており、電動式の自転車も普及しています。雨が降ろうが、雷が降ろうが体と自転車を覆う雨具を着て、平気で車道の脇を走っています。
私が考える究極の交通手段は自転車です。自分の身体を使って移動するので、とても健康的です。また、車に比べて速度が遅いので、普段気づかない建物や畑、動植物などを間近に見ることができ、ちょっと感動することもあります。
しかしながら、日本では今年の6月に道路交通法が改正され、自転車は車道を通行しなければならず、専用道路が整備されていないところでは、自動車との接触など事故を誘発する大変危険な環境と言えます。
そこで、豊田市にはすべての道路に自転車や人が移動できる専用道路を整備し、その道路に街灯付のアーケードを設置することで、雨の日や夜間でも市民の方が安心して移動できるまちづくりを進めてほしいと思います。
また、アーケードの屋根にソーラーパネルを設置することで、蓄積したエネルギーを夜間の街路灯に利用することで環境にも配慮ができます。
豊田市が車や自転車に限らず、様々な乗物を普及させ、楽しくオシャレに移動できる遊園地のようなモビリティシティに発展してくれることを期待しています。
佳作 「生き物みんなの道づくり」 市木町 長谷川 知子
「あっ!今日もひかれてるよ。かわいそう。」
我が家は、大きな道路沿いに建っていて、道路を挟んだ向こう側には広大な自然の森が広がっています。そんな立地のせいもあって、度々道路で、タヌキやイタチなどの森に住む動物たちが、車にひかれてしまっている姿を目にする事があります。
「今日も同じ場所でひかれちゃってたよ。」と、小学校に通う娘が言うので、近所の人に聞いたところ、どうも、そこは昔、けもの道になっていたようで、森が切り開かれ、大きな道路が通ってもなお、そのなごりから動物たちの行動ルートになっているようです。
「豊田市は言わずと知れた車の街だから・・・。しょうがないよ・・・。」と思わず言いかけた私の耳に入って来た一言。それは、「まちって、人間のためだけにあるわけじゃないよね。道路は人間が便利に暮らすために勝手に作ったんだから動物用に『けもの道の歩道橋』を作ってあげたらいいんじゃない。」と、目を輝かせて提案する娘の一言でした。
子供ならではのとっぴなアイデア。最初は私もそう思っていました。でも、本当にそうでしょうか?この言葉を頭の中で巡らせているうちに、私は大人になるにつれて忘れてしまいがちな純粋な心を、取り戻す事ができたような気がしている自分に気が付いたのです。
利便性が最優先されている道路交通に、ぬくもりや優しさが感じられる未来が待っていてくれる事を、切に願わずにはいられません。
佳作 「クルマの街からの発信」 田中町 永井 千鶴子
クルマの街・豊田。一家に1台どころか1人1台という自動車保有率の高さ。車は街にあふれていて当然。そんな豊田の街をエコ通勤・通学の先進地とすべく官民協働の取り組みをぜひお願いしたい。
まずキーワードは「安全・安心」。何よりも子どもたちの安全に視点を置いた通学システムを考えてほしい。記憶に新しい女子高生殺人事件。のどかな田園地帯で起きた残忍な事件に誰もがショックを受けた。事件・事故から子どもたちを守る手だてを早急に考えなければならない。一方で、高齢者の足の確保も重要な問題である。そして通勤時の渋滞解消、CO2削減は言うまでもない。
これらを別々の問題として考えるのではなく、一まとめにして柔軟な取り組みはできないだろうか。例えば、おいでんバスのような循環バスを市内一円に網の目のように張り巡らせ、通勤・通学時に合わせて運行する。高齢者のみならず一般の人が買い物や病院通いなどにも利用できるように利便性のよいものにする。きめ細かく対応するためにワゴン車やタクシーも利用する。予算面など課題も多く、行政の力だけでは難しい。当然ながら企業や学校、市民の協力と連携、理解が必要である。
子どもからお年寄りまで、みんなが乗るから便が増え、料金も安くなる。増便するから便利になり、みんなが利用する。そんな「市内循環みんなのクルマ」をぜひ実現させ、世界に豊田の取り組みが発信できることを願っている。
佳作 「私が考える、妊婦、乳児、高齢者、障害者にやさしいまちづくり」 岡谷 恵
自分が妊娠していたときに感じたことは、おなかが大きくなって、誰の目からみても一目瞭然に妊婦のときには、多くの方に電車やバス、また、どこへ行っても席を譲っていただいた。感謝すべきことである。
しかし、まだ、妊娠初期(2〜4ヵ月頃)でおなかも目立たない頃に電車に乗っても満員で座れないとき、このときが妊娠している期間でもっとも危険で安静が必要な時期であるが、当然のことながら誰も譲ってもらえず、いま思えば妊娠初期にこそ座席が空いていればと考えてしまう。
また、子供が生まれてベビーカーに乗せて満員電車に乗ると大概嫌な顔をされる。だから子供を抱いてベビーカーを抱えて乗る。
もちろん、電車に優先席はあるのだが、大体優先席は他の座席より少ないことが多く、いつも空いていないことが多かった。
そこで、私は、女性専用車両ならぬ、妊婦、ベビーカー(乳児)、高齢者、障害者車両があったらと考える。この妊婦、ベビーカー(乳児)、高齢者、障害者車両があれば、各車両に優先席がなくてすむし、その車両には特別な設備を施すこともできる(段差を解消したり、手すりをつけたりなど)。
誰もが気兼ねなく暮らせるまちに私はしたい。
ジャンル:私の考える理想のまち
『中学生の部』
最優秀賞 「私の通学路」 豊田市立逢妻中学校3年 鈴木 悠花
冬の朝練、家を出ると、とても寒く辺りはまだ暗い。そんな中を毎日一人で歩く通学路。電灯もない道を歩いていると、速すぎるスピードで走っていく車。白線の中を歩いているのにぶつかりそうなくらいに内側に入ってくる車。もう一つ怖いのは、不審者だ。まだ人も歩いていない道。いつ会うか分からない恐怖と戦いながら、私は友達の家まで歩く。二人で歩いていても怖い道。必要なところにない電灯。規制を守れない車。少し考えればできること、すこし無駄なことを省けば可能なことだから実行してほしいと思う。いろいろな人が通る道だからこそ、人やまちに優しい交通などをしてほしいと思う。いつか楽しく安全に通学ができる日が早く来るといいなと思う。
優秀賞 「ポイ捨てをやめよう」 豊田市立末野原中学校1年 田上 拓実
僕は小学校4年生の時に、地区のゴミ拾いをしました。ポイ捨てをする人が多く、毎日拾ってもしばらくするとまたゴミが捨ててあり、ゴミは全然減りませんでした。今の豊田市は、どこを見てもゴミがたくさん落ちています。せっかく緑が多く自然の豊かな豊田市なんだからゴミで汚れていくのは残念だし、自分の住んでいるまちをどんどん汚して平気でいるのはどうかと思います。
僕の理想は、これ以上ゴミを増やさず、ゴミをポイ捨てする人がいなくなり、豊田の町をきれいにしていこうという人でいっぱいになり、豊田の緑がより美しくなることです。そのような夢を見ています。
そんなまちを実現させるためにまず自分からゴミを拾ってきれいにしていきたいと思っています。
佳作 「地球となかよし とよた」 豊田市立藤岡中学校3年 松元 由希
今、地球温暖化など環境問題の解決が、私たちの大きな課題となっています。日本有数の工業の町である豊田市は、たくさんの二酸化炭素を排出しています。そんなまちだからこそ、環境問題の解決のために市民全員が行動できる豊田市であってほしいです。
例えばコンビニエンスストアなどの駐車場で起こるアイドリングなどは皆で呼びかけ意識を高めれば防ぐことができるはずです。他には、公共施設のクーラーの設定温度を上げるなど、まず公共団体がエコ活動の見本を示すことで、市民の中に少しずつ理解と協力の心が生まれてくるでしょう。
豊田市は自動車産業のまちだからといって、環境に悪いまちではない、「地球となかよしのまちだ!」と私たちが胸を張っていえるようなまちになっていってほしいです。
佳作 「宮口町のよさ」 豊田市立逢妻中学校2年 福岡 荘志
僕は今、宮口町に住んでいます。この宮口町というまちは、すごく田んぼが多く、逢妻女川も流れています。いろいろな自然があります。そしてキジやいろいろな鳥がいます。虫もたくさんいて、夏になれば、せみやカブトムシがたくさん出てきます。
しかし、僕は遊べるところが少ないと思います。公園にしても近くにはありません。あったとしても小さい子どもが遊ぶような小さな公園しかないので、野球ができるような公園が身近にほしいと思います。それにもう少し遊ぶところがあれば、みんなで遊べるようになります。
もっと便利で楽しめるところがいっぱいある豊田市になってほしいのですが、一方で、この田んぼや自然はなくならないで、ずっと残っていてほしいと思っています。
『高校生の部』
最優秀賞 「自転車が似合うまちづくり」 愛知県立衣台高等学校3年 武田 綾乃
私の住むまちは、豊田市の隣に位置しており、毎日自転車で通学しています。また、よく豊田市へ出かける機会があります。豊田市と私の町の境目の坂を下るときに豊田市の風景を眺めることができます。豊田市のシンボル的存在ともいえるトヨタスタジアムや、発展し続ける町並み、遠くに見える山々の緑豊かな景色に豊田市の広大さを改めて感じます。また、豊田市駅周辺へ遊びに行くたびに、変わりつづけるまちの流れを感じます。
しかし豊田市はただまちが大きいだけでなく、自動車産業を中心とする工業技術の発展も著しく、道路には常に多くの自動車が走っています。そのような環境のなか、自転車利用には多くの危険を伴いがちです。さらに、市民だけではなく、外部からの人の出入りも多いことを考えると、現在の道路環境は完全に安心とはいえません。
そこでは道路を利用する人達みんなが交通規制を守り、特にこれからは環境に配慮したまちづくりを進める必要からも、自動車や自転車が安心して楽しく走行できる環境整備を常に心掛けるまちである必要があると思います。
『一般の部』
最優秀賞 「"念仏講"について」 富岡町 成瀬 征代
私が住んでいる戸数8軒の地区、まちと呼ぶには程遠いけれど、昔から行われていることで上手にコミュニケーションをとっている行事があります。
それは、1か月に一度各戸を順番に訪れ"お念仏講"と言われる講を行っていることです。お念仏といっても現代のこと、一応仏壇の前で大きな数珠を廻しますが、その行事の前後に自治区で話し合った議題を組長さんから報告されたり、毎月の集金(区費等)もその時に済ませます。私のような新参者(引っ越してきて4年)には当地情報が色々分り、嬉しい収穫です。
他地区の人たちは「まだそんなことやっとるの?」と言われますが、土地の高低差が大きいので車で8軒の家には往復ができません。国道153号線へ一旦出て上の5軒、下の3軒を移動するのです。歩く道は整備されず坂が急で無理なのです。
こうした環境の中で、今も生き続けている通称"お念仏"は疎遠になりがちの住民の生活の知恵なのです。
課題で頂いた"理想のまち"それは私達にとってはいかに地区住民と上手にコミュニケーションをとり話し合い、人間として高齢者を助け、明るく活気のある生活が出来るように努力することだと思っています。
優秀賞 「皆、もっと街(ストリート)に出よう!」 小坂本町 吉武 哲
とよたの街は散策向きではない。車で道路は危険、歩道の様々な段差・凸凹、広幅の車道、車道沿いの危険な歩道。目的地までの車規格の長い道のり。多い信号。また夏の暑い日は、かんかんと照る太陽から身を隠す日陰が余りにも少ない。壮年の私でも歩くのがやっとになる。サイクリングロードも少ない。人と人とが行き交って初めて挨拶が生まれ、笑顔が生まれる。公園の読書人やサイクリスト、子供達の声やお年寄りの元気な姿にもっと出会いたい。出会えるようになれば豊田は変わる。
だから、行政や企業に何かをお願いする前に、街作りのため皆でもっと街(ストリート)に出よう!手には、ペンキ、長尺ブラッシ、モップをもって、あっちをペタペタ、こっちをゴシゴシ。汚い街のあちこちをピカピカにしちゃおう。街を鮮やか色に染めよう!皆が寄り合えば、街中に自然にオアシスが生まれる。そのオアシスが今度は人を呼ぶ。
また、皆で高さ1m目線になって街中を歩こう。子供の目線、お年寄りの目線だね。何が見えるか、何を感じるか。不具合一杯見えてくる。見えてきたら直しちゃおう。手作り街作りだ。そして、行政に1m目線のビデオを見せて、次にぺデストリアンのバイパス作りをお願いしよう。信号なしのバイパスができれば、新しいビークルも開発できるね。
"ペデストリアン・バイパス構想!"1M目線の街作りは"リトルとよた"構想!これが私の理想。
佳作 「ほたる こい」 宮口町 宇野 浩子
それがいつの間にかなつかしい昔話。ここ数年みたこともない。原因は田んぼの農薬か?最近、水面下で昔の青年たちがカワニナを飼い、子どもたちに近くで蛍を見せようと努力されているのを私は知っている。それが実現したらきれいな環境をとり戻したことになる。
この地域は、田んぼ、畑、雑木林、逢妻川が流れ、湿地帯もあり、数少なくなった植物も自生している。冬には、オシドリが池とどんぐりを求めて飛来する。
蛍が飛ぶということ。それは人々が破壊した環境をみんなの手でとり戻し、子どもたちに近くで楽しい思い出を作ってやることにつながる。下水完備も間近い。夢だけで終わらせたくないと思うのは、私だけじゃないと思う。
佳作 「コミュニケーションを大切に」 愛知学泉大学1年 竹内 慎弥
私の考える理想のまちは、子どもやお年寄り、障害者やそうでない人達みんなが一緒に暮らしていけるまちだと思う。最近のまちの様子を見てみるとバスであれば床を低くしてなるべく段差をなくしているし、トイレも障害者のために広くしてあったり、いろんなところで工夫がされていて住みやすいと思う。
しかし、私たちのように健康な人には分からないようなところで苦労している障害者の人達もいっぱいいると思うから、そういう人たちの意見を聞く必要があると思う。そのためにもまちは、もっとコミュニケーションをとる機会や場を提供するべきだ。コミュニケーションをとることで新たな問題や課題がみえてくるし、逆に良かった事も分かり継続していく事や新しく始めていく必要がある事もわかり、そういう人達の希望に応えやすくなると思う。このようにして障害者の人達やお年寄りの人達と接していけばいい。
他にも住みやすいまちにするには、地域の人達みんなが良い雰囲気のなかで暮らしていることが重要だと思う。そのためには、地域で行う行事やイベントの数を増やし積極的に参加して、まちの人達とコミュニケーションを多くとることが大事だと思う。そういうなかで良い人間関係を築き、良い雰囲気をつくっていけば住みやすいまちになっていくと思う。
これが私の考える理想のまちである。
佳作 「思いやりのあるまちへ」 愛知学泉大学2年 大山 高志
その日はいつものように電車に乗って学校を目指していた。通常の通学や通勤の時間より遅目の時間とはいえ座席は全部埋まっていた。運よく座ることができたので時間をつぶすため文庫本を読んでいたとき二人の老人が乗車してきた。向かい合うようになっている座席の通路につり革をつかみ立っている男性は80代、そして、もう一人は70近いと思える女性だった。
席を譲るべきだと頭に浮かんだが体が動かなかった。相手が断ってきたらとか、回りに注目されるのではとか。友に注目されることや、他人とかかわることが苦手な自分は、そんなことばかり考えてしまって動けなくなった。いたたまれない気持ちでいっぱいなっていたとき、座席の端にいた男性が駅で降りていくのが見えた。次のとき見たことは忘れられないだろう。女性が男性に席を譲ったのだ。締め付けられるような思いだった。自分の3倍は年をとっていると思える人が譲っているのに自分は何をくだらないことを考えているのか。
それ以来自分はできる限り席を譲るように心がけている。目立つようなことは苦手だがそれを見て何か思ってくれる人がいれば良い。外見はもちろん内面も魅力のある町になれば良いと思う。
ジャンル:私のお気に入りのお店や商品・働く人
『中学生の部』
最優秀賞 「安全な登下校の理由」 豊田市立逢妻中学校2年 金子 未樹
宮上方面と天王・久岡方面の小学生の通学路には、地下トンネルがあります。
この地下トンネルは、暗いし、人通りも少ないため、不審者が出やすく、とても危険です。だから、朝はトンネル、帰りはトンネル上の交差点を使って登下校します。しかし、今度は交差点での交通事故が心配になります。そんな小学生達を気にして、毎日帰りの時間に交差点に立ってくれている方がいらっしゃいます。
磯谷さんという方で、小学生が安全に登下校できるように、ずいぶん前から学校前の交差点に、毎日、朝も帰りも立ってくれています。ここ数年は、通学路が変わった宮上方面の子供たちのために、帰りはその交差点に立ってくれています。私も小学生の時、毎日お世話になりました。
ボランティアなのに、毎日立ってくれていて、すごいと思うし、とても感謝しています。
『一般の部』
最優秀賞 「ぱん屋こっぺ」 御幸本町 山中 敬子
私の家の近所にあるほっとできるお店。それが、"ぱん屋こっぺ"です。「お母さんの手作りパン ぱん屋こっぺ」という店名が表すとおり、店内には優しさと、パン作りに対するまじめがあふれています。広いとは言えない店内ですが、だからこそ手作りの気持ちがきちんと伝わってきて安心して買い物をすることができます。パンを食べると厳選された素材を使って心を込めて作られた味が口いっぱいに広がり、温かい気持ちになれます。お腹も心も満たされ、好きな物に出会えて良かったなと思えます。
こっぺさんに行くと童謡「パンやさんでおかいもの」という歌を思い出します。お店の方とのやりとりがあり、愛情がいっぱい詰まったパンを売っているかわいいパン屋さんのイメージです。子どもの頃、母とよく行ったパン屋さんのことも思い出します。スーパーのパンもいいけれど、トレーとトングを持って店内をまわるのはいつもよりちょっと特別な気分を味わえる幸せな時間でした。子供心を思い出し、わくわくしながらお買い物をさせていただいています。
当り前のことをきちんとがんばっているお店は素敵だし、生活の中に自然においしいものが存在することは幸せなことです。私は現在、アロマテラピーのお店を開くことを夢見て勉強中です。こっぺさんのような誰もがほっと寛げる場所作りと、心を込めた温かいサービスの提供を目指してまいります。

優秀賞 「かえるところ」 大坂町(九州大学1年) 佐野 祥子
お気入りの店ではないが、私は交流館の図書室が大好きだ。
帰省中、小原の懐かしさに浸りながら、ふと、地元の交流館に足を運んだ。普段は、隣人が誰かも分からない、騒がしい福岡の中心地で大学生活の日々を送る私。半年前までの18年間、生まれ育った地、豊田市(旧小原村)。私にとってのこの交流館は癒しの場であり、第二の家庭だった。
図書室の思い出は深い。図書室に入ると、「あら!!佐野さん。元気??」「祥子ちゃんいつ帰って来たの??」と、次々に交流館職員の方や小原地区の地域の方が声をかけて下さる。心に温かい灯がともる。小学校時代は、暇を見つけては本を読んだこの図書室。中学時代は、いろいろと葛藤し、苦しんだ日々を過ごしたこの図書室。高校時代は、勉強に明け暮れたこの図書室。この通い慣れた図書室が私をやさしく包む。いつも、温かく見守ってきて下さった職員の方や、地域の方々。私は、多くの方々に見守られて、今、充実した大学生活を送っている。
この図書室には、いつも私の居場所がある。居場所やかえるところがあるという事は、本当にありがたい。確かに、小原をはじめ山村地区は、交通の便も悪く、生活に不便なところが多いが、山村地区であるからこそ、人々の結びつきが強いと思う。
私は、これからも、交流館など地域の人々をつなぐ施設が、「みなの居場所」であり続けてほしいと願っている。
佳作 「珈琲所コメダ」 水源町 安藤 悠
東京に住む息子の嫁は、コメダのモーニングサービスが好きだ。豊田に遊びに来る度に私は連れて行く。普段は、家内と週に二三回出かける。
ここのコーヒーは酸味と苦味がほどよく調和されたマイルドで、私はブラックで飲む。カップがいつまでも冷めないなど、コーヒーを大事にだいじにして、美味しく飲ませてくれるのが嬉しい。
パンケーキにソフトクリームがのった名物"シロノワール"は、温かさと冷たさがほどよく口中に広がり、家内の好物だ。
私が好きなのは夏の風物味覚"かき氷"である。かき氷と一口に言うが、最もデラックスな三段重ねの宇治金時クリームからシロップだけまでバライティーに富んでいる。お値段はデラックスが七五〇円、せんじ氷が四五〇円だ。ちなみにコーヒーは三八〇円である。コメダのかき氷の人気は、そのボリュームではないだろうか。まるで富士山をお皿に盛ったようにして運ばれてくる。家内と二人で一つの富士山を、両側から崩さないように注意しながらスプーンを入れる。若い二人なら、「崩したら、私の言う通りにするのよ」と、キャツキャツと楽しいだろう。私は歳なのだろう。半分も食べないうちに、店内の冷房と体内の冷気が相乗して、身体が冷え切ってしまう。家内はどんどん山崩しをかけてくるが、私はギブアップだ。
家内と二人、時には東京から里帰りの娘や息子夫婦たちと、ゆったりと時間を過ごす場所である。
ジャンル:私のボランティア・NPO体験
『中学生の部』
最優秀賞 「笑顔の大切さ」 豊田市立逢妻中学校3年 杉浦 那実
私は今年の夏、初めてボランティア活動に参加しました。それは点字です。
参加してみようと思ったきっかけは、英語の授業でほんの少しだけ、点字のことについて勉強したからです。
体験では、多くの講師の方がいました。その中でも私が教わることになったのは、目の不自由な男の人からでした。この先生は、生まれたときから目が不自由で点字とともに生きてきたそうです。だけど、とても楽しそうでした。目が不自由だということはとてもつらいはずなのに、先生はいつまでも笑顔を絶やしませんでした。ふと、周りの講師の方やボランティアに参加した人の顔を見ていると全員が笑顔であふれていました。
私はそんな様子をみてとても心が温まりました。だから、豊田のまちに、心が温まる場所をたくさんつくってほしいと思います。
『一般の部』
佳作 「地域と共に生きる」 伊保町 杉山 恵美
交流館のホームページの作成と更新のボランティアを始めて5年がたちました。
地域のページ更新のための取材では、ワクワク事業対象のグループや「保存会」という名で活動している方々からお話を聞いたり、活動の様子を写真に撮らせていただいたりしています。どなたもいきいきとやりがいをもって活動しておられる姿にいつも感心させられます。さぞかし地域振興に熱い思いを抱いて活動に参加しているのだろうという私の想像は、取材を始めてすぐに打ち砕かれました。「この活動が好きで」「みんなで集まってワイワイやるのが楽しくて」「その結果として皆さんが喜んでくれれば」とおっしゃる地元の方々からは、「まちづくりに関わっている」とか、「わが町の活性化のために」という気負いがありません。自然に地元にとけこみ、それをベースにした活動を自分の生きていくうえでの楽しみとポジティブにとらえる姿がとても印象的です。私はそこに地域に生きる人々の本来の姿を見るような気がします。
私も好きで始めたホームページのボランティア。地域のよいところや意外な面など、地域からの情報をもっともっと発信していきたいです。
佳作 「ボランティア活動を通して」 浄水町 森田 忠史
私は63歳です。22歳の時に初めて豊田市に来ました。そして今も豊田市に住んでいます。61歳で会社を退職し、やる事もないままに豊田市関係のボランテイアをしてきました。特に万博後にできた、[観光ボランテイア」の活動に参加していますが、様々な催しが、豊田市のあちらこちらでなされているのにビックリしています。
ボランテイアとして清掃や交通整理の仕事をやらせてもらっていますが、主催側、見学側共に行き来しているのに驚かされました。藤岡や小原、足助、稲武等に何回もリピートしました。主催者側が少ないのによくやると思います。郷土愛を感じます。そして主に旧市街の参加者が"おらが町"という感じで楽しく参加しています。広域合併が市街地と山村を一体化していると感じました。豊田市は理想的な町づくりに向かっていると思います。市街地と村が抵抗なく一体化しています。
美術館のモニターをやらせてもらった時にも山村部からの参加者が堂々と意見を発言していました。交流の大切さ、そして楽しさを痛感しています。私自身は,山村部でのボランテイア活動を通じて山間部の人々と交流ができ温かく受け入れてくれるのにとてもうれしく思っています。山林の間伐や定住しての農業等考えもしませんでした。町づくりは交流から。このような交流を行政もバックアップして行けば本当に理想的な町ができると思います。
佳作 「ボランティアから学んだ理想のまち」 愛知学泉大学2年 佐野 雅弘
僕の出身地は静岡県の富士宮市という大変自然の多い綺麗な所です。
富士宮市といえば富士山がとても有名ですが、今世界の遺産になろうとしています。しかし、この富士山は大変ゴミが多く捨てられているため世界遺産としてなかなか認められないのが現状でした。最近はその対策として、みんなでボランティア活動として清掃活動を実施しました。このボランティア活動にはたくさんの人たちが参加してくれました。小さい子供たちから年配の方までが協力して富士山のゴミを減らそうとし、もっと輝く富士山にしようとがんばりました。
僕はこの活動を通して改めて自分のまちの自然について大切さをしりました。
ボランティア活動とは人に言われて動くのではなく、自ら進んで気付き、積極的に社会事業などに参加してくれる人たちからなる活動なのだとこの活動を通して学んだきがしました。
自分の町を自分たちの目で見て、肌で感じて、行動にうつせるまちこそ僕が求める理想のまちなんだと思います。
佳作 「つづけてゆく」 愛知学泉大学1年 篠田 彰人
私は小学一年生から高校3年生までの十二年間、ボーイスカウトに入っていました。そ の十二年間の間に様々なボランティアをしてきました。ゴミ拾いなどのボランティアをしていく中で一番心に残っているボランティアがあります。それは小学生の時に行ったユニセフ募金のボランティアです。私はお店の前で一生懸命募金していただけるよう大声で声かけしました。たまに募金してくださった方から「がんばってください」という声を頂くことがあります。その声を聞くとさらにがんばろうという気持ちになります。
終わった時にたくさんのお金が集まった時には募金してくださった方に感謝の気持ちでいっぱいでした。集まったお金で世界の人々が笑顔になれたらこのボランティアをしてよかったと心からそう思います。ボランティアをしていると自分がどんどん成長しているのを感じます。
ボランティアは人のためにするものじゃなく自分のためにするものだと感じました。これからもたくさんのボランティアをしていきたいと思います。